震災・奇蹟、そして復興へ

中村 真太郎(なかむら しんたろう)さん

追浜高・新潟大医学部卒、現在新潟県長岡市日赤病院医師

中村真太郎さん
新潟中越地震、それは私にとっても人生最大のできごとです。地震発生後の長岡日赤の有様は、まるで戦場の病院。次々に運び込まれる負傷者。救急車のサイレンが途切れない。手当てに追われ、我々医師・看護師もほとんど不眠不休。余震が続き、治療中もグラッくる。大きいと思わず身構える。絶えず余震にも気を配っておかないといけない。そんな緊迫した日々が続く一方、人々の連帯と助け合いの輪は確実に広がっていく。崩落した岩盤の下から、救出された二歳の幼子が搬送され、治療を受けて元気を取り戻した奇跡的できごとは、何か象徴的でさえありました。回復したその子の笑顔を見たときは、医師としてもやはり特別な感慨を覚えました。

勉学時代の私にとって、強烈なインパクトを与えた一つがKGC。当時はどちらかというとおとなしく、目立つ存在ではなかった私に愉快なニックネームを与えてくれたのが、英語のO先生でした。生まれて初めてでしたが、たちまち広まり友人達からは、高校卒までその名で呼ばれました。O先生の授業はというと、これがまた愉快。自らを「白バラのプリンス」と称する英国風ユーモアとジョークで毎回爆笑の渦。しかし、レッスンが始まると猛烈に厳しい。コーラスリーディングと指名が繰り返され、ひと時も気が抜けない。背筋を暖めることさえ、はばかられる空気が充満。だから、復習・予習も自分から進んでやるようになりましたね。先生の顔はどう見ても「プリンス」ではなかったですが、授業はまさに「白バラ」。笑いで惹きつけられ、トゲが飛んでくるような緊張感がありましたから。

「ココぞ」という時に必要なのは、なんと言っても集中力と負荷を跳ね返していこうとするエネルギー。この震災の地でも、日々感じることです。私の場合、ニックネームで呼ばれた歳月に培われたような気がします。